家へ帰ったことに免じて

深夜、満身創痍の身体を引きずって家の扉を開くと、暗い廊下の奥で干してある洗濯物が人の姿に見えることがある。 首を吊って、風もなくギシギシと音を立て揺れる自分自身の亡霊だ。 壁の電気を点けると亡霊は消え、いつもの何もない部屋がある。 部屋には大…

夜明けの西成・泥棒市場

まだ陽の昇らない時間帯、空気は肌を刺すように凍てついている。 紆余曲折あって数年ぶりに大阪は西成区のあいりん地区にいた。 朝の5時くらいになると、労働福祉センターの周りにはホームレス崩れの日雇い労働者を現場まで連れて行く為のバンがちらほら現…

サンフランシスコの韓国人

10年前、サンフランシスコに短期留学をしていた。 そのとき撮った写真を見返していたら、一人の韓国人の女の子のことを思い出した。 名前を彗林(hye lim yoon)といった。 韓国人らしい顔つきの美人で、いつもヒョウ柄や妙な色味のちょっとどこかエキセント…

何億年も前につけた傷跡なら残って

目を覚ますと、いつもの天井だった。 カーテンから白い光が差し込んで、塵の浮いた部屋の空気を照らしている。 嫌な汗をかいている。思わずため息をついた。 また、いつもの夢を見た。 * 中学の頃、ネットでは中高生の間で「前略プロフィール」というサイト…

死にたい。いつからか、そう思うようになった。

死にたい。いつからか、そう思うようになった。 自分が恵まれてないなんて思わない。 そりゃ上を見たらキリがないけど、やりたいように生きてきたと思う。その割には多くの人に愛して貰った。 そして世の中にはおれよりバカでブサイクで、どうしようもない人…

祖父の友人の話

1950年代の終わり、東京の新橋。 男は友人から流行らないバーを買い受け、経営を始めた。 それは後から考えてみれば半分酔狂のような雑な経営で、当然バーが赤字から回復することはなかった。 男には投機癖があった。 焦った男は、バーの経営を補填したい一…

見捨てられた町で。

神奈川県川崎市の海辺の工場地帯に、その集落はある。 第二次世界大戦中、日本第二位の鉄鋼業JFEスチール(旧日本鋼管)は、急増した武器需要に対応するため労働人夫として半島から朝鮮人を大量に採用し、日本に連れてきた。 いわゆる、徴用工である。 JFEは…

ここじゃない何処かの国に、希望なんてあるんだろうか。

先日、某企業から招聘を受けて上海に行ってきた。 上海に到着する飛行機から外を眺めていると、夕日で真っ赤に染まった海に点々と風力発電のタービンが突き刺さっていて、まるでエヴァンゲリオンのLCLの海に刺さった十字架のようで、幻想的な光景だった。 空…

宗教勧誘についていった

「君、だっちゃんだろ?」 大学の図書館の前で携帯を弄っていると、男に話しかけられた。長身で爽やかで、清潔な身なりをした如何にも好青年という出で立ちで、知らない顔だった。 どちらさまでしょうか、と応える前に男が続けた。 「わかんないか。S法律研…

出会い系のサクラだった

10年前、紆余曲折あって金欠になった。 知り合いのツテで仕事を紹介して貰えることになり、代官山駅近くにあるビルに出向いた。 三度もインターフォンと監視カメラのついた扉を経て、地下の一室に通された。 カーペット張りの床に、長机と椅子が幾つか置いて…

できれば、何も食わずに暮らしたい。

生産的な活動なんてしていなくとも、生きてるだけで腹は減る。 今ではすっかり信用を失った政府・総務省の家計調査によると、単身世帯の食費は直近(2018/7~9)で43千円/月となっており、単純計算で一食当たり1,424円と、人は生きてるだけで中々の金額を消耗し…

ブラック研修体験記

「内定です、おめでとうございます!」 第一志望の企業から連絡を貰ったときは、本当に嬉しかった。某大手旅行代理店だった。 旅行業界を志望したのは、海外旅行に良い思い出しかなかったからだ。旅を企画するワクワク感に囲まれて働くのは、きっと楽しいこ…

老後のことを考えると、本当に辛くなる。

数年の社会人経験を経て、自分が組織に絶対的に向いてないことが判った。 といって、自分で稼ぐことができるようにもならなかった。目ぼしい資格を持っているわけでもない。 ならば我慢をしなければならないのだけど、正直、この苦行を後35年できるかと問わ…

ストラテラとコンサータ

起きると、処方薬が切れていた。病院へ行くことにした。 その日は気温も高く、何とか外出くらいならできそうだった。 薬は効かないけれど、気休めにはなる。それに、1錠でも多く睡眠薬を補充しておくのは首吊りの確実性に貢献する。それは悪いことではない…

ドラッグあんぎゃ

経年劣化の為なのか、安物だったからなのか、そもそも縄が細すぎたのか。いずれにしても縄は切れた。 ひとまず丈夫そうな縄をネットで注文した。 年始の繁忙期で、届くのに数日はかかりそうだった。 この数日を乗り越えねばならない。 例え幻想によるもので…

蜘蛛の糸

ある朝起きると、身体が床に沈み込み、暗闇の中に落ちていった。 夕方頃になってようやく布団から這いずり出す。全身が鉛のように重かった。 トイレへ行き、顔を洗った。食事は喉を通らず、空になった胃のままを薬を飲んだ。 ふとコップを握っている手から目…

筋トレで心は救われない

筋トレをするとテストステロンが分泌されて前向きになり、「うつ状態」が治る、予防できる。難しいことは判らないけど、そういうことになってるらしい。 だからというわけではないけど、おれも筋トレをする。 身体の中で①胸、②背中、③腿の筋肉は特に大きく重…

もんじゃの人

初めてもんじゃを食べたのは、大学生のときだった。 昔から人間関係がすこぶる苦手で、友達は決して多くない。いつだって人生に何かしら問題を抱えているような態度をして、荒んだ振る舞いをしているのだから当然のことだろう。もはや厄介な習い性のようにな…

砂上の楼閣

昨日エントリで「思い出の品を大体捨てた」と書いたのですが、辛すぎるので高校時代から使っている外付けHDDの過去データの復旧をしていたら、なんと、中高時代のブログの残滓が出てきました。(大学、院、社会人時代にmixiやはてなで書いていた日記は復旧で…

合理的さの末路

東京の暮らしは忙しくて、心をすり減らした。 毎晩残業続きで、深夜の帰宅。飲み会もある。だけど婚活も勉強もしなければいけない。 結局、睡眠時間を削ることになる。 こうなると日常生活に支障を来すので、睡眠を1分でも多く確保する為、生活の色んな部分…

紙の鰓

読書家を名乗るほどには、本を読むことはなくなった。それでも通算では年間まあまあの冊数を読んでいる気がする。 ただ、前のエントリでも書いたように頭が良くないから、その殆どを忘れてしまった。そもそも書いてある日本語が理解できない本も沢山あった。…

頭が悪くて

とにかく頭が悪い。多分これは障害なのだと思う。 人の名前に始まり、仕事の手順、必要な知識。何もかも覚えられない。 正直、結構工夫して努力をしてきた方だとは思うのだけど、ついぞデキる男にはなれなかった。 考えてみれば、九の段、カタカナだ。 どち…

健忘症

昨夜は相場がなかったからか、ぐっすり眠れた。 そしてこんな早朝に目覚めてしまった。 転がったチューハイの缶を蹴飛ばし、キッチンでホットミルクを作った。 砂糖を入れ、ベランダへ出て、朝焼けを眺める。風がなくても冬の空気が肌に張り付きヒリヒリする…

婚活には難儀した。

もう結婚は諦めてしまったけれど、社会人になってから数年間、婚活をしてた時期がある。 今でも憧れはあるけど、随分遠い世界の話になってしまったので手を伸ばす気もおきない、という諦めがついたのである。 学生時代、人数は少ないとはいえ、普通に彼女を…

中国湖南省旅行記

機外に出ると、異国の臭いがした。 何度海外へ行っても、どきどきする瞬間だ。肺の空気が、中国の空気に入れ替わる。別の人間になったような気がする。 病院の待合室のような古びた空港を進み、ATMを見つけ、クレジットカードを入れ、現地通貨を取り出す。 …

海と花束

H子が中絶する日の早朝、YはH子と新宿で会い、25万円を手渡した。 「最低限の責任を取れたと思える形にした。」とYは言った。 中絶をする理由は世の中に色々あるから、その承諾書に男の名前は必ずしも必要ではないとのことだった。 YはH子の手術には付…

彼女ができて、人生がシンプルになった。

先日やっとのことで彼女が出来てからというもの、精神的な負担が激減した。 これまではとにかく女の子とのアポイントを中心にして生活しなければならなかった。とにかく家庭を持ちたい私にとっては、彼女がいなければライフステージが先に進まないからだ。 …