サンフランシスコの韓国人
10年前、サンフランシスコに短期留学をしていた。
そのとき撮った写真を見返していたら、一人の韓国人の女の子のことを思い出した。
名前を彗林(hye lim yoon)といった。
韓国人らしい顔つきの美人で、いつもヒョウ柄や妙な色味のちょっとどこかエキセントリックな服を着ていた。
彼女とは同じ語学学校に通っていた。語学学校はペーパーテストの実力別に何段階かのクラスに分かれていたが、彼女はかなり下の方の講座を受けており、おれとは別のクラスだった。
ある日、語学学校の主催するパーティか何かのイベントがあって、隅で一人大人しくしている彼女におれが話しかけたのがきっかけで仲良くなった。
彼女はかなりの人見知りで英語を話すことはできなかったが、どういう経緯か中国語を話すことができた。
おれも当時少しだけれど中国語の基本は抑えていたので、中国語での交流だった。
彼女の首筋には雑な★形のタトゥーが彫られていた。昔付き合っていた男にされたと言っていた。どうもそれが中国の人だったらしい。
彼女は高校を中退していた。
その後いくつかの職を転々としていたらしいけれど、韓国にいたたまれなくなるような事情があってサンフランシスコに流れてきたのだという。
手首には傷がいくつもついていた。
ある日、おれが一人で帰ろうとすると、「ついてっていい?」といって一緒に食事をした。それ以来、何度か一緒に食事をするくらいには仲良くなった。
語学留学なので、もちろん食事が終わったら一緒に英語の勉強をした。
彼女は中国語を話せたので、「中国語を英単語に置き換えるだけで、ひとまず通じるようになるよ」と教えると、眼から鱗が落ちたようだった。日本から持ってきた新品の単語ノートを一冊あげると、すごく喜んでくれた。
文法はめちゃくちゃだったけれど、徐々に単語を見ながらであれば英語で意思疎通が取れるようになってきた。
数週間たったある日、「来週おれサンフランシスコを去るんだよね。大連に行くんだ」と言うと、彼女は形容しづらい表情になった。それが妙に記憶に焼き付いている。
次の日、語学学校でエレベータで一緒になると「だっちゃん、イナイ、サミシイ」と何処で覚えたのか日本語を口にした。
彼女はこれから語学学校に通いながら、アメリカで働くのだといった。日本料理店で働くらしい。ビザのことはよくわからないけど、多分誤魔化してるような気がする。おれが優しかったから、日本人を優しいと思ったと言ってくれた。
サンフランシスコを去っても、おれのことを支えにして生活している人がいる。そういうことが凄く情緒的で、嬉しかった。
「自分を大事にしてね、Facebookでいつでも連絡して!」と言うと、頬にキスをしてくれた。
大連を経由して日本に帰国した後も、何度か「i miss you」と連絡が来た。
それから1年くらいしたある日、Facebookの友達一覧に彼女の名前がないことに気付いた。
でも彼女としていたFacebook Messengerのスレッドをクリックすると、彼女の個人ページはまだあった。
つまり、Facebookの友達から外されてたのだ。
えぇ~、なんでだろう?!と思ったけれど、TLには彼女の今の生活が映っていた。
そこにはおれの知っている内気で友達のいない彼女はいなかった。
いかにもアジアンガール然な化粧をして、アメリカナイズされ白人のボーイフレンドとデートする彼女の姿だった。沢山の異国の友達もできたらしい。
何故かフラれたような、もやもやするような、複雑な気持ちになってしまった。
ただ彼女がサンフランシスコで逞しくやっていることと、多分彼女の中でおれの存在が要らなくなったんだろうってことは嬉しかった。もしよかったら、こうしてこれまで歩んできたストーリーを誰かに語るときに少しだけ「アメリカで最初にできた友達は親切な日本人でね、」みたいに登場させてくれたら、嬉しいと思う。