婚活には難儀した。

 もう結婚は諦めてしまったけれど、社会人になってから数年間、婚活をしてた時期がある。
 今でも憧れはあるけど、随分遠い世界の話になってしまったので手を伸ばす気もおきない、という諦めがついたのである。

 学生時代、人数は少ないとはいえ、普通に彼女を作り、別れ、また違う人と付き合う、ということは出来ていた。
 ところが社会人成り以来、合コンやパーティ、アプリ等での積極的な活動虚しく、ぱったりと交際できなくなってしまった。

 婚活を始めて最初の年、何度か合コンやパーティに参加する内に、多人数での会話が苦手だと気付いたので、サシで会えるアプリでの出会いに切り替えた。

 実際、アプリでは結構な頻度で女の子と会うことができた。
 忙しい部署に配属され、毎日帰りは早くとも20時以降だったが、それでも毎晩のように女性と会い食事をした。土日は昼の部、夜の部に分けて会ったこともある。

 勿論奢るから、月の出費は食事代だけで10万を超えることもしょっちゅうだった。
 しかし交際に至らないのである。

 女は、利害のない男に対してとことん厳しい。
 ドタキャンもザラだったし、待ち合わせ場所で直接顔を見て無言で帰られたこともあった。露骨につまらなそうにしたり、帰りに悪口をLINEで送ってきたり、とにかく精神修養の連続だった。(結果的には1年目の終わりに彼女ができたのだが、すぐ別れることになった。その話は別途)

 相当安定した仕事に就いているし、自炊もできる。人間的には良い人だからといって友人関係になることも多々あった(今でも連絡を取り合ってる女の子も数人いる。)。
 女友達にアドバイスを求めたこともあるけど、結論は判りきっていた。それは、容姿だ。
 低い身長に、汚い肌。およそ女が嫌いなものだ。
 だけど、それはどうしようもなかった。

 20代の若さでこんなに彼女ができないなら、これ以降相手を探すことが困難を極めるのは確実。今頑張りどころだと思った。
 だから必死で努力した。

 底の高い靴を履いたし、肌は病院、栄養バランス、運動、メンズエステ、色々試した。レーザーを試したときには、打つ度に顔面がパンパンに腫れて、痛くて情けなくて、涙が出てきた。

 愛されるってこんなに痛くて辛くて大変なことなのかな、と何度も自問自答したけど、現に彼女が彼女ができないのだからきっとそうなのだろうと結論付け痛みに耐えた。
 でも結局、彼女はできなかった。

 毎晩女性と食事をすることによる睡眠不足、業務自体の忙しさ、合間にLINEやメッセージを何十通も返すこと、そしてそれが報われないこと。

 精神的疲労に圧し潰されそうになっていた2年目の秋、自分で結婚相手を探すのは限界だと悟った。

 そこで、結婚相談所に登録することにした。大手O社だった。

 一般的に考えれば、20代アラサーの年齢で結婚相談所に登録するのは早いのかもしれない。入会金だけで十数万円かかる。ただ長期に亘る婚活で疲れきっていたおれは、神通力に頼りたかったのだ。

 だけど結婚相談所の中身は結局のところ、劣化版の婚活パーティ(参加する度に5千円徴収される)と、劣化版pairsみたいなサイト(顔写真は提携してる写真館で撮らされ簡単に変更できない。手数料も要る)の参加権が与えられるだけで、何かにつけ足元見られて金を取られる劣悪なものだった。完全に時間と金を無駄にしてしまった。
 容姿レベルも職業も、そこらのパーティやpairsと比較にならないほど低かった。本当にどうにもならない弱者が集まる場所なんだと思った。
 自分がそんな場所の一員になってしまったことを恥じたし、そんな場所でさえ結果が残せないことが本当に情けなかった。

 相談所は半年で辞めた。
 相談所での活動中、ひとりだけ普通に可愛い女の子とも出会ったけど、話してみると大学の同級生で、飲み友達になってしまった(結局その子は数か月後にpairsで会った男と結婚するのだが、間際になって「本当は好きだった」と告白された。死んで欲しい)。

 合コンもパーティもアプリも、そして結婚相談所もダメ。女友達に誰か紹介して欲しいと頼んだこともあるけど、
「お前は良い奴だけど、友達に紹介とかするのはね~。笑」
 と躱されるのが常だった。どういうことやねん。

 八方塞がりだった。

 何とか婚活から目を逸らそうと思い、女友達と温泉へ行ったり、旅行したり、体操教室へ通ったり、筋トレにはまってみたり、ルームシェアに挑戦したり、料理したり、読書したり、勉強したりしてみたけど、ほんの一瞬気が紛れるばかりで問題の根本的な解決にはならなかった。

 この頃にはもう、女性という性別自体への憎悪さえ抱き始めていた。そしてそんな自分に自己嫌悪した。
 そして長期の婚活は、明らかに銀行口座の残高を目減りさせた。当時年収450万くらい貰っていたはずなのに、多分同年代平均より低い額しか残っていなかった。

 ああそうか、そういうことか、と思った。
 そこで、考えを改めることにしたのだった。

 自分は、安定した堅い職業に着いていれば未来がある程度見通せるから、女性は靡いてくれるだろう、そう安易に考えていた。
 だけど違った。それは、自分がそもそも愛されるに値する人間だったときに限っての話なのだ。

 4年間コケにされ続けて、確信した。おれは愛されるに値しない。
 となればもう、お金を愛して貰うしかない。おれみたいなクソが愛されるには、金が要る。大金が要るんだ、と。

 そして、起業と相場に手を出すようになった。
 もうこの時点で正常な思考ではない。まともな人間なら、自分の現状を受け入れたり転職して環境を変えるなりして"現実的な落としどころ"を探るはずだ。

 しかしおれは、もう先の見えないトンネルの中にいたくなかったし、そういう賭けに勝利できるようでなければ、もはや人生を受け入れたくない、と思っていたのだった(もっといえば、今でもそう思っている)。

 極端にしか生きられない人間の末路は、どうしたって極端なものになる。

 そして結果からいえばどちらも惨敗で、ただただ2000万円近い債務だけが残った。

 ただ負けが確定するまでの1年間は、すこぶるモテた。
 会えばまあまあの確率で落ちる、落ちれば抱ける、という確変状態に入った。
 実際にお金持ちになったわけではない。

 誇張抜きに既往数百人の女の子と会って、これまでほぼ何もなかったことを考えれば、巡りあわせの問題でもないだろう。
 多分、夢を語ってリスクをとる男は魅力的なんだろうと思う。リスクをとるまでは、夢は善き父善き夫だなんて寝言をまともに言っていた。

 しばらく蜜月を過ごした。

 ああそうだ、女の子っていうのはこんなに優しいんだ、ということを思い出した。
 中にはおれと結婚したい、と言ってくれる子もいた。好いてくれた女の子たちは皆可愛かったし、ちゃんと働いていた。
 数年前なら一も二も無く結婚の申し出に応じただろう。

 だけど、今のおれには、誰かを幸せにしてあげることはできない。
 男の価値は甲斐性だけど、借金を返すアテもなければ、破産したところでまともな社会人に戻れる気もしないのである。心が折れてしまったからだ。

 今、手元には数千万円の借金が残っている。

 そうだ、それは誰かに愛されたかったからしたんだった、と思い出した。誰かの特別になりたかった、独りになるのが嫌だった。
 そのせいで喉から手が出るほど欲しかった愛が目の前に転がってても掴めなくなってしまうなんて、皮肉だ。だけど時間は戻せない。

 ただ、今、気持ち的には本当に楽だ。
 多分ひとは「掴めそうで掴めないもの」に苦しみを感じるようにできている。そもそも掴めないから、苦しみも感じない。

 本当に、婚活には難儀した。