黄昏に飛び立つ

ある夜、信号待ちをしていた。 こんな郊外の町で、こんな時間に走る車の数は多くない。 空を見上げると、目の前を双子座流星群の火球がゆっくりと横切っていった。それはもう白々しいくらい、「さあ、願え。」と言わんばかりの速さで。 「全部うまく行け。」…

as paisen in tokyo

「パイセン! お久しぶりです。」 木島崇は、カフェに現れると快活に笑って見せた。 高い身長に健康的に黒い肌、整った顔は男ながら色気を感じてしまう。ネイビーにストライプの入った既製品のスーツはきっと高い物ではないのだろうけれど、オーダーメイドな…

施されること、応えられないこと、死ねない夜

朝、起きる。顔を洗い、ヒゲを剃る。 金が無いから粗食である。朝起きてパンにマーガリンを塗って食べ、薬を飲み、必要そうな栄養はビタミン剤で摂ったことにする。寒いからとりあえず靴下を履き、財布を探してポケットに突っ込む。 家を出て、アパートの廊…

沖縄滞在日誌4日目、夜

「これ。」という切っ掛けがあったわけではない。 ほんのつい最近まで、Twitterに愚痴や絶望を吐露しつつ都心にある政府系の金融機関でそれはそれなりに大人しく日々働いていた。 ある日、職場の上長から呼び出され、「きみ最近、遅刻と欠勤が多すぎるよ。」…

何でもない日々246

「あー、さむさむさむ。」 朝7時、バイクに跨り誰にともなく呟いた。つくづく焼きが回ってしまったようで、最近独り言が多くなった。 数か月前、カブを知人に譲りバイクを乗り換えた。ジクサー150SFという単気筒の普通二輪だ。それに伴って、通勤も電車から…

スピリチュアルにすがろうとした。

今年に入ってからの不運を数えると、頭が痛くなる。 タイで車に轢かれ、親友を喪い、旅に出ようと思えばバイクが故障し、大雨に降られモバイル機器が壊れ、たまたま入ったぼったくりバーで金を巻き上げられ、先日またしても車に轢かれた。 買ったばかりのバ…

外資転職は諦めた。

昨年のこの頃、転職活動をしていた。 昨年のこの頃、転職活動をしていた。 職場ではうだつが上がらず人間関係も壊滅的だったから、一刻も早くこの場所から逃げ出し新天地で態勢を整えようと思っていた。 そこでいくつかの転職サービスに登録した。JAC、リク…

姉と仇と妹

ある朝、スマホの通知履歴を見ると見知らぬ番号から着信があることに気づいた。留守電が入っていた。 「初めまして、急にお電話を掛けてすみません。私、H子の妹です。もしご迷惑でなければ、お電話頂きたいです......。」 あどけなさの残るその声は緊張で震…

大丈夫、明けない夜はないのだ。

ある夜、やりきれない気持ちで公園のベンチで一人コンビニの缶チューハイを飲んでいると、足元に茎の折れた花が咲いているのを見付けた。 誰かに踏まれたのだろうか。植物には詳しくない。紫色の花の名前を検索したけれど、よくわからなかった。 その花を根…

亡霊を追う

3月14日の朝、H子は宣言どおりその命を裁った。https://datchang.hatenablog.com/entry/2020/03/15/191526 いいや、間違いなく私自身がこの手に掛けたのだ。 あれから3か月、漫然と日を経た。彼女から託された遺言のうち、果たせたものもあれば果たせない…

杏仁豆腐と過ごした一週間戦争。

家庭を持ったら、猫を飼おうと思っていた。妻がいて、子どもがいて、そういう間取りを猫が横断していくような空間の体温に憧れを抱いていた。 紆余曲折あって、私にはそもそも妻子を持つのが難しいんだろう、という現実をようやく、少しずつ受け入れられるよ…

今も未だ旅の途中であること

小学4年生のある年、京浜急行の出展で私の描いたマリーゴールドの花の絵が表彰を受け、電車の広告に数日貼り出されるということがあった。 それは理科の、花を観察することにかこつけた課題だったのだ。しかしこうして目立つような事態になることは、私にと…

彼女は雨の日の夕暮れみたいで

昼休みに会社を中抜けした私は、日比谷のカフェで男を待っていた。 待ち合わせの時間にはまだ早いけれど、少しでも約束を確実なものにしたかった。 店内は薄暗く閑散としていた。元号が令和になったというのに銀ブラよろしく昭和の歌謡曲がほんのり流れ、レ…

空に舞う

東京・丸の内。 近代的なガラス張りのビル群の一角に、タイル張り旧耐震のビルが建て替えもされずに鎮座している。都市開発で遠からず取り壊される予定のこのビルには多数の企業が入居している。 あたかもそこで働いているかのような顔で正面玄関から入り、…

49日は祈ることにした。

「誕生日までに死ぬ。」と宣言した親友は、その言葉どおり逝ってしまった。 3月17日、それが親友の誕生日だ。 数年前のその日、私たちは牡蠣の食べ放題にでかけた。ふたりとも牡蠣が大好物だった。 今はもう潰れてしまったけれど神田駅の近くにあるおせっか…

海原の月になりたい

クラゲを見たいと思った。 先日、池袋サンシャイン水族館に行くとコロナウイルスの影響で休館となっており、5年前に引き続きまたしても入館し損ねてしまった。本当についてない。せっかく会社を休んだことも無駄になってしまった。 といって行く当てもなく…

私たちの望むものは

一 「もう、殺して。」 とそういうことを彼女に言われたのは、一度や二度のことではない。私はその度、 「そのときが来たら、オレがやってやるよ。」 と返すのだった。 「約束だからね。」 と言う彼女に、 「約束するから、勝手に死なないでね。」 と返して…

死に至る病について

「おはよ」 彼女が勢いよくカーテンを明けると、陽光が差し込んできた。部屋の空気を温かく照らし、さらさら流れているのがわかる。「この部屋、眺め良いね」「そう?うん、南向きだからかな」 ベッドに寝そべり空を見あげると、白い雲が風に流され少しずつ…

女しか使えない文字

一昨年、中国の湖南省を旅しているときにある深山の古潭に数日ほど滞在していた。友人の結婚式に参加する為だ。 中国で最も貧しい地域であり、外国人の訪問も滅多にないような場所であるだけに歓待され、私の拙い中国語にも拘わらず興味を以て話を聞いて貰い…

粗野に扱っていい人

「粗野な人間がいるわけではない。粗野に扱って良い人間がいるだけだ。」 とそんなことを言ったのは誰だっただろう。たまにこの言葉を思い出しては、それこそ正に自分のことだと思いいたる。 先日デートをドタキャンしたあの女の子もきっと、大事な人が相手…

耳無し重助

戦前、昭和一桁年。 神奈川の相模で重助は生まれた。五人兄弟の末子であった。 間もなく戦争が始まり、幼く貰い手がつくうちに重助は神奈川のさる海辺に在る料理屋を営む養父にもらわれた。 とはいえ養父としても別段重助を可愛く思い引き取ったわけではなく…

バレンタインデーを許すな。

赤道から上下20度経度を広げた高温多湿の熱帯、特に東南アジアにおける一帯を「カカオベルト」と呼ぶ。 似たようなものにコーヒーベルトというものがあり、これは経度上下25度までと範囲が広い為、カカオベルトの方が範囲が狭い。 しかし実際には高地でも栽…

タイ旅行記

1月の最終週、タイに行くことにした。 以前より周りからしつこく勧められていたことと、職場の閑散期だったこと、滞在8日間で航空券と宿を併せ3万9千円の格安旅券が手に入ったこと、もうとにかく日本にいてもたまらない心境であったこと等々、種々重なり…

疾走

先日、30歳の誕生日を迎えた。 かつて「30歳まで生きることはないだろう」と思ったことのある多感な人たちの多くがそうだったように、私もそのご多聞に漏れることなくあっさり誕生日はやってきて、20代に何の余韻も残らなかった。 よほど覚えづらい誕生日な…

マルチの女

Y子は千葉県出身で、国立大学に在学している時分、公認会計士試験に合格した。 最大手の外資系監査法人に就職したが、監査法人の仕事はブラックで終電帰りもザラだった。 学生時代から付き合っていた男は浮気して離れて行った。意識が朦朧とし、その間どのよ…

The smell of raindrops, won't you say you'll be alright

高校生のとき、当時遠距離で付き合っていた彼女に会うために、バイクの免許をとった。 当初は交通機関を使って通っていたのだけれど、バイクがあれば色んなところに彼女を連れて行けるし、彼女をバイクの背に載せて海辺を走るような、そういう青春に憧れてい…

In to the wild.(荒野へ)

鏡の向こうには、グランドキャニオンが広がっていた。 それを見て、おれはただ、立ち尽くすしかなかったのだ。 先月某、髪の毛を切りに近所の1,000円カットへ出かけた。どうせポマードで整えるのだ、高いところへ行く必要はない。 7・3のツーブロック、サ…

自分には、ほとほと失望した。

ある朝、まだほの暗い時間帯に、少し早めの電車に乗った。 もう30分もすれば身動きがとれないほどの人であふれる乗車駅だけれど、この時間ではまだ「ふつうに立って乗ることができる」。 発車し、寝起きのぼんやりした頭で景色を眺めていると、まもなく次の…

後ろ手に束ねた 恥じらいの花束が揺れる 

都会のサラリーマンなんて、字面で見れば華やかに見えるけれど実際のところ物理的に拘束されてその我慢料を手にしているだけに過ぎない。 そうして毎日時間と心を切り売りしている内に、トルストイが家庭の幸福の中で「人生における唯一の確かな幸福は、他人…

世界最大級の廃墟 華南モールからの脱出

数年前、中国の東莞という南方の都市を旅しているときに「華南モール」を訪れたことがある。 華南モールは一時世界最大になったこともある中国最大のショッピングモールで、中国のいわゆる建築バブルのときに建造された。 ところがその広さゆえに十分なテナ…