世界最大級の廃墟 華南モールからの脱出

 数年前、中国の東莞という南方の都市を旅しているときに「華南モール」を訪れたことがある。
 華南モールは一時世界最大になったこともある中国最大のショッピングモールで、中国のいわゆる建築バブルのときに建造された。
 ところがその広さゆえに十分なテナントが集まらず、奥に出店すればするほど客のアクセスが悪くなる。結果、敷地の大半が廃墟と化し、麻薬の売買等の温床と化している。
 単一の建築物としては世界最大級の廃墟だ。

 

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 空港からバスを乗り継ぐこと約6時間、華南モールに到着した。

 海辺の都市と比較すると町は荒廃気味で、打ち捨てられた建物は山ほどあって決して景気はよくなさそうだった。

 

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 ただ、電車は走っていないけれど(中国人にとってごく一般的な交通手段の)バスはいくらでも走っているし、辺りは通常の居住区になっている。近くには東莞可園という観光名所もある。バカげた大きさにさえしなければ、尻尾から頭まで普通のショッピングモールとして成立していただろう。


 坪単価なんか気にしてる時点で発想が日本的なのかもしれないが。

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 外周は一応大通りに面しているだけあってマクドナルドやスーパー、高速バスのチケット販売所等のテナントが入っていて、にぎわっていた。だけど、それは表面の皮一枚だけの話だ。モールに併設された遊園地は、実質閉鎖状態になっている。

 

 

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 内部は広大で入り組んだ迷路のようになっていて、奥へ進むにつれ電灯が消え、どんどんひと気がなくなっていった。建築途中で放棄されていたり、一応設置されている造花やベンダーには分厚い埃が載っている。

 

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 外の人の声も届かないほど奥へ来ると、自分以外の人類が全員死んでしまった終末世界に放り込まれたような感覚になった。本来人がいるべき景色に誰も人がいないのは不思議な気持ちがする。
 ときおり、日本ではきかない種類の鳥の声がキィキィ響いていた。

 

 

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 時刻は既に夕方で、電気のついていないような場所に長居しては所在を見失ってしまう。最深奥では長居せず、外へ出ることにした。

 外周は大きな円になっているので、近所のおじさん達が太極拳をしたりランニングコースとして使用されていて、外から見る分には決して廃墟感はない。

 

 


 まあこんなもんだろうと思いつつモールの外周を歩いていると、巨大樹の根のオブジェの横に、「いかにも」という風情でドアが開いていた。

 

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 ああこれは誘われてるなと思い、入ってみることにした。完全に神経がマヒしている。

 中にはジャングルがあって、うち棄てられたジャングルクルーズがあった。ボートやゴンドラを模したレールの上を走るカートに乗って、施設内に設置されたオブジェクトを見て回るという、遊園地とかによくあるアレである。

 

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 勿論、柵を飛び越えジャングルの中を探検することにした。

 子どもの頃から、ディズニーランドの海賊船や、ジャングルクルーズのボートから降りてセットの世界を歩いてみたいと思っていたのだ。夢が叶ったというものだ。
 オブジェのマンモスに、オブジェの原住民、オブジェの太古植物にアノマロカリス。

 そういうものに直に触れて、何だかワクワクしてジャングルの奥にどんどん分け入っていった。

 暫く中を歩いていると、イヤホンをしていて気づかなかったのだけれど、遠くの方で何か音がしているのが判った。イヤホンを外した。

 

 ヴィー!ヴィー!ヴィー!ヴィー!

 

 考えるまでもない、警報だ。警報が鳴っている。一体いつから鳴っていたんだ?


 施設内遊園地の大半が死んでいたので油断していたけど、一部のアトラクションは稼働していたのだ。そして運悪く、それが、このジャングルクルーズだったのだ。

 ガサガサと人が近づいてくる気配がする。男の怒声で何かが聞こえる。何を言っているのか判らなかったが、完璧に聞き取れたフレーズがある。

 

「パオパオパオパオ!パオパオパオパオ!」

 

 パオ(跑)とは、「走る」という意味の中国語である。

 転じてパオパオパオと連続で遣うときは、軍隊でいう「現場急行」みたいな意味だ。

 ヤバイ、捕まったら間違いなく一旦はボコボコにされるだろう。その上で裁判にかけられて実刑がつかないとも限らない。そんな例はいくらでもあるのだ。
 もう汚れなんて気にしていられない。おれはとにかく暗闇のジャングルから脱出することにした。革靴のまま水の中に膝まで浸かって、必死に走った。おれは足が速いから、とにかく出口まで辿り着ければ逃げおおせるはずだ。
 時折ピカピカ光っている赤や紫の警戒色の電灯が危機的な状況を煽り立てる。

 

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 肺が破裂するほど走って逃げ、遂に外の光が見えるところまで辿り着いた。

 そこにあったのは、流れる河が滝となり奈落へ吸い込まれていく断崖絶壁だったのだ。迫る追っ手、正に状況は絶体絶命。だけどもう、選択肢はなかった。
 おれは意を決して飛び降り、"坂"を転がっていった。

 

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どうみても断崖


 そして、何とか逃げおおせ、現実の世界に還ってくることができた。

 捕まってたら、一体どんなことになってたんだろう。
 インディ・ジョーンズばりのジャングルからの大脱出劇を演じて心臓が早鐘を打っていた。妙なところをぶつけたらしく、腕が痛い。

 しばらく震えが止まらなくて、思わず笑えてきた。